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イスラエル出身の女流 [美術探訪]

ブラチャ・エッティンガー.jpg

アグネス・マーティンについて調べていたら
ブラチャ・エッティンガーというイスラエル出身の画家を見出した。
日本では紹介されていないようだが

ラカン派の精神分析医、そして画家という人で、
女性芸術家の精神分析についてもレクチャーを行ったりして、
欧米ではかなり知られているようである。
彼女はアグネス・マーティンにも言及していた。

また、イスラエル人でありながらイスラエルのパレスチナ占領に反対し
パレスチナ人支援の活動を続けているらしい。

彼女の絵は大変怖いもので、叙情的な要素は皆無である。

Eurydice???29.jpg

http://brachaettingermatrixialborderspace.blogspot.com/

http://en.wikipedia.org/wiki/Bracha_L._Ettinger

http://www.flickr.com/photos/bracha-ettinger/sets/1022585/


女流作家の成長プロセス [美術探訪]

martin-exhibs_b-top.jpg  アグネス・マーチン               

                                        
20世紀前半という時代に、モダニズム美術という先進的な領域でも、
女性が独立した作品世界を創造するのは一種の開拓であったかもしれません。
名を馳せた女性は少なくないですが、画家としてはこの4人を擧げます。

ヘレン・フランケンサーラー、
ジョアン・ミッチェル、
ブリジット・ライリー、
アグネス・マーチン


サーラー.jpg ヘレン・フランケンサーラー

サーラー.jpg ヘレン・フランケンサーラー

  ミッチェル.jpg  ジョアン・ミッチェル


ライリー.jpg 
女性の美術家である事は今日では普通の事になっているので、
ことさらに女流などと構えるのは時代錯誤には違いないですね。

しかし美術史上、女性が作家として自立して来たのは最近であり
19世紀までの女性作家は男性「巨匠」との師弟関係などで
語られる事が通例です。

                                                                                                                                                                                                      

                                          


                                                                                              ブリジット・ライリー 

martin-homage-top.jpg アグネス・マーチン



作品を見て「女性だね」と分かるかどうかは別として
この4人は私にとって「女性というイデア」の4つの側面を
表徴してくれるような気がします。

それぞれの芸術家のキャラクターを
個人の女性の成長プロセスとして整理してみました。

 十代〜二十代 ヘレン・フランケンサーラー …着実な学習による過去の継承、実験、軽やかな飛躍
三十代〜四十代 ジョアン・ミッチェル    …自然との親和、葛藤、持続、体質の充実
五十代〜六十代 ブリジット・ライリー    …知性の充実、感性との協和、天上的開放感
七十代〜八十代 アグネス・マーチン     …天使的知性、自然との一体性、静寂、叡智

年をとれば取るほど創造性が高まると言うイメージですね。
表面的には若い時期がもてはやされるのですが、マーチンは晩年が特に良い気がします。
現在は皆さんご高齢か、すでに亡くなられています。

Helen Frankenthaler (1928 - )        80歳現役
Bridget Riley (1931 - )            77歳現役
Joan Mitchell (1926 - 1992)         66歳で逝去
Agnes Bernice Martin (1912 - 2004)    92歳で逝去

こうして見ると、マーチンは特に息が長く、ディア・ビーコンで
回顧展を続けているのも頷けます。

http://www.diabeacon.org/exhibs_b/martin-homage/
http://www.diabeacon.org/exhibs_b/martin-trajectories/




ニューミュージアム [美術探訪]

nm.jpg

昨年開館したニューヨーク新現代美術館の情報があまり入ってこない。
もっと話題になって良いはずだが。
それにしても美しい建物だ。一流と言えるだろう。

http://www.newmuseum.org/

《解説》
日本の妹島和世氏と西沢立衛氏の設計による。
 美術館の名称は、「the New Museum of Contemporary Art」
設計者は、日欧米から5組を招いた指名コンペで選んだ。

2003年の設計時点で妹島氏は47歳、西沢氏は37歳で、
共同設計の代表作に1998年に日本建築学会賞を受賞した国際情報芸術アカデミーマルチメディア工房などがある。
また、金沢市の21世紀美術館、東京銀座のクリスチャン・ディオールのショップの設計なども手がけている。

(★身近な所では茨城県古河市の総合公園にある飲食施設。)
http://members.aol.com/kikis522/kenchikumap/kogainshoku/kogainshoku01.htm 

バワリーのNew Museum の建物は重力に反した姿で、ニューヨーク
の都市構造の中で地理的にも文化的にも非常に重要な交差点に位置する。そこは
ニューヨーク市の中でも独特のコミュニティーが交わり、芸術家達が何世代にも
渡って住み、働き、アメリカでずっと続いている文化的対話に貢献してきたこと
で名高い場所だ。

銀色の陽極処理されたアルミのメッシュに覆われ、強調された
窓や天窓からはニューヨーク市が眺められる。建物の形は常に変化するアートの
ダイナミックさと、そこに込められたアイディアを表しているようだ。

メインギャラリーとなる1 階から3階は全面柱のないダイナミックなフロアになる。
美術館の中には180 席のシアター、教室、教育センターがあり、屋上にはニュー
ヨーク市の全景が見えるルーフトップテラス付きのイベントスペースも備える。

New Museum の後期設立者にちなんで名づけられたマルシア・タッカー・ホー
ルは広く、明るい1階はミュージアムショップや洒落たカフェ、上部のセットバ
ックから陽の光が差し込むガラス張りのロビーギャラリーがある。


壁面にあるネオンのロゴもローアートで、建築全体を
象徴しているのかもしれませんが、ちょっと調べてみた。

ニューミュージアムの記事
http://www.newmuseum.org/exhibitions/18によると、

「上級学芸員ローラ・ハプトマンの発案で
スイスの美術家ユーゴ・ロンディナンによる
2001年の作品「HELL,YES」を掲げた」とある。

そしてこの言葉はオルタナティブ・ミュージシャン、
「ベック」のアルバム「グエロ(白人を表すスペイン語のスラング)」
の中にある同タイトルの曲からとった言葉らしい。

慣用句辞典
http://www.geocities.jp/ryugaku_123/eng/USENG.htm#H によると、

スラングで意味は、「やったー!、よっしゃー!」感嘆を表す表現。
曲自体はミニマルっぽい淡々としたもので、日本のロボットが踊るビデオ・クリップがある。

ベックのビデオ・クリップ「hell yes」
http://www.youtube.com/watch?v=WPqkAYGlynI



絵画とゲーム [美術探訪]

電車内でゲームをしている人を良く見かけるようになった。小型化・高度化しているのだろう。

ところで絵画制作をゲームに例える事は抽象絵画が現れてからよく言われるようになった。
異論はあると思うが、モーリス・ドニの有名な言葉

「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、
本質的にある秩序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、
思い起こすべきである」(『新伝統主義の定義』(1890年)より)

この言葉を想起すると、色彩(形式)を如何に秩序づけるか、
という一種のゲームであると言いたくなるのも事実である。

絵画(素描)は安価で複雑・高度な最高・最古のゲームであるのかもしれない。
だから、私はゲームする時間があれば絵を描く。

完成したらクリアしたという事になるか。失敗したらgame overだ。
しかし絵画が難しいのは完成が成功とは限らないという事だ。

レベルの低い完成は失敗と同じだから、完成しないほうがよいともいえる。
しないためには常にソフト(制作を維持する知覚及び思考方法)を更新しなくてはならない。

あるいは制作そのものが知覚にフィードバックしてそれを更新する事になる。
ゲームに例えると、プレイすることがソフトを更新、アップデートさせるのだ。

しかしそれも限界があるらしい。



読めない書の意味 [美術探訪]

石川九楊展で、吉本隆明の詩を題材にした書について考えた。

写真は「あたたかい風とあたたかい家はたいせつだ」という作品で、
誰も読めないだろうが、実は読めても詩の一部なので
全体を知らないと意味を誤解してしまうのだ。

この場合、読めない事が正しい受け取り方に通ずる。
筆触で詩の全体のパッションが表現されている、
そこを観て味わう必要があるのだろう。

元の詩は非常に長いので、最初の1行だけ抜き出すと
逆説、屈折が消えて詩として意味をなさない事が分かる。
つまり、この書は読めてはいけないのだ。

以下は元の詩の全文。

「ちいさな群への挨拶」

あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬の背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むこうへ出てゆくために
ぼくはちいさな微温をたちきる
おわりのない鎖  そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
ぼくが街路へほうりだされたために
地球の脳髄は弛緩してしまう
ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために
冬は女たちを遠ざける
ぼくは何処までゆこうとも
第四級のふうてん病院をでられない
ちいさなやさしい群よ
昨日までかなしかった
昨日までうれしかった人々よ
冬はふたつの極からぼくたちを緊めあげる
そうしてまだ生まれないぼくたちの子供をけっして生まれないようにする
こわれやすい神経をもったぼくの仲間よ
フロストの皮膜のしたで睡れ
そのあいだにぼくは立去ろう
ぼくたちの味方は破れ
戦火が乾いた風にのってやってきそうだから
ちいさなやさしい群よ
苛酷な夢とやさしい夢がたちきれるとき
ぼくは何をしたろう
ぼくの脳髄はおもたく  ぼくの肩は疲れているから
記憶という記憶はうつちやらなくてはいけない
みんなのやさしさと一緒に

ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むこうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんの人と手をつなぐというのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんの人と手をつなぐというのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむこうがわに加担しても
ぼくたちがしはらったものを
ずっと以前のぶんまでとりかえすために
すでにいらなくなったものにそれを思いしらせるために
ちいさなやさしい群よ
みんなは思い出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遇うために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れている
がぼくの瞋りは無尽蔵だ

僕の孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれれる
ぼくがたおれたら同胞はぼくの屍体を
湿った忍従の穴へ埋めるにきまつている
ぼくがたおれたら収奪者は勢いをもりかえす

だからちいさなやさしい群よ
みんなひとつひとつの貌よ
さようなら


石川九楊個展 [美術探訪]

神保町「いのは画廊」で、石川九楊展を観た。
制作年が90年代の、現代詩人の詩の一部を書いた作品群だった。
谷川雁、田村隆一、吉増剛造、吉本隆明らの詩の断片が
古代の断簡のごとく永遠の相をもってそこに在る。
紙でなく、絹本パネルに額装という伝統性と新しさを持った仕立てであった。

…ウームこれは、欲しくなる。
特に、かの詩人の言葉を精神の糧として来た人は…。
一時間ほどで辞するつもりが二時間ほども喋ってしまった。
画廊のご主人が話しやすい方で、「良いギャラリストは良い聞き手である」
という自説がまた証明された。それともオレ、寂しいのかな。
写真は吉本隆明の詩の一部。内容は…会場でお確かめいただきたい。


シヌエッサのヴィーナス(5) [美術探訪]

シヌエッサのヴィーナスについて触れた文献を年代順にまとめると、
あたかも賞賛のバトンを次々に手渡す(引き受ける)リレーを見る想いがする。
★1891年 ナポリ近郊マンドラゴーネ(シヌエッサ)にて発見       
               ● 西欧の研究者はローマ時代の模刻と断ずる。
1. 兒島喜久雄    1927年《VENERE DI MONDROGONE》「美術概論」所収
               ●「第一に感受するは原作の印象なり」 
2. 和辻哲郎     1928年《ナポリとその付近》「イタリア古寺巡礼」所収
               ●「ヴィナスの裸像のうちでこれほど優れたものは無い」
3. 兒島喜久雄    1938年《ヴェーネレ ディ マンドラゴーネ》「填空随筆」
               ● 再び見て「明らかに古典の伝統が生きている」
4. 矢代幸雄     1947年《ヴィナスの脱衣》「ヴィナス随想」所収
               ●「ギリシア原作にして、…盛期の張り切った制作」
5. 澤柳大五郎    1963年《L'AFRODITE DA SINUESSA》「ギリシャ美術襍稿
               ●「このトルソの前で…前四世紀の精神を直感した 。」
6. 福部信敏     1995年《世界美術大全集解説文》
               ● 「スコパス芸術圏が少しでも拡大すれば… 」
               ● 今なお「西欧の研究者がこの作品に言及する事は稀」
7. 木島俊介     2008年《芸術新潮4月号 ヴィーナス特集》                                                    ●「ミロよりも、このナポリ出土の〈シヌエッサのヴィーナス〉のほうがずっと素晴らしいと思う。」                       ● 「これまで数百体は見たかな。その中でもこれが唯一、オリジナルではないかと思った。」

このバトンを引き継ぐものは誰だろうか。その資格は、最低限ナポリで実作を見る事だ。

東北大学の芳賀京子氏あたりはどうなんだろうか。兒島、澤柳、福部ラインは師弟関係で源流は東北大学らしいから。

今一番手に入りやすいのは和辻哲郎の「イタリア古寺巡礼」で、私を含めこれで知ったという人は多かろう。アマゾンでなんと1円(送料別)で手に入るので、1928年の文章を読まれたい方は入手されるがよろしかろうと思う。
 
 今でも彼の文を読んでナポリの国立博物館を訪れる日本人がいるのである。事実ブログで見た事があるが、この人は残念ながら見る事ができなかったと書いている。ヴィーナスの発見地であるマンドラゴーネ市に貸し出した時期であったかもしれない。

 日記形式ながら暗唱したくなる名文であるが、旅先から奥さんにあてた手紙が元になっていると言う。彼はこのヴィーナスを一般の日本人に知らしめた、最大の功労者に違いない。


シヌエッサのヴィーナス(4) [美術探訪]

今日、あらたに資料を2つ入手した。
一つは児島喜久雄の「美術概論」、もう一つは矢代幸雄の「随筆ヴィナス」である。
「美術概論」は、1927年、最初にこのヴィーナスが紹介された20ページの記念的論文が収録されている。「随筆ヴィナス」は、1950年に出された本で、このヴィーナスについて約1ページ割かれている。

ご参考までに「美術概論」所収の論文 Venere di Mondragone から,現代文に直してさわりを抄録する。

「私が初めてナポリの国立美術館を訪れたのは1923年の春で、当時はただErecole farneseの左側に白布で固く包まれた女神のトルソがあるのをちらと見て、覆いの下にその美を想像して鑑賞の許されないのを残念に思っただけであった。
 年を越えて24年4月14日再びナポリに行った時、その時の事を想起して真っ直ぐにその部屋に入ると、覆いは既に取り除かれ黄色みを帯びたパロス産の大理石は白光の下に燦然としていた。
 それ以来、このトルソの美は片時も私の脳裏を去らず、同年6月1日さらにナポリに赴き重ねてその彫刻だけを鑑賞した。つまり、私の貧弱なる知識では、現存の全ギリシャ彫刻中のアフロディテの裸像の中でこのトルソの右に出るものを知らないのである。その質の高さたるや、元よりミロのヴィナスのごときものと日を同じくしてこれを論ずべきでない。
…シヌエッサのヴィーナスに接して第一に感じるのは原作の印象である。…
トルソは姿勢端厳なる神格を失っていないが、その肉体表現は1凹1凸ことごとく生気を含んで起伏し連絡呼応し、有機的生命の内在を直感させ、衣褶もまた一つ一つがこれに伴って伸縮浮沈し、ここに複雑の裡に統一ある壮観を現出している。
しかも様式の雄大さをもつ写実主義はきわめて真率で、いまだギリシャ主義時代の繊巧作為に陥らず、ギリシャ彫刻第二の世紀たる紀元前4世紀の芸術を思い起こさせる。…」


シヌエッサのヴィーナス(3) [美術探訪]


シヌエッサとミロのヴィーナスで腹部の造形の比較をしてみる。ミロの腹部の造形はシヌエッサに比べ、横に広がって見える。シヌエッサの方は背中から、あるいは内部からモデリングが連続しているように感じられないだろうか。

再び、「イタリア古寺巡礼」からの引用。
 「この作に特有な感じ、ローマの〈二オベの像〉や、〈カピトリノのヴィナス〉に見る事のできないこの作の特徴は、その雄大さ、雄渾さである。女体の裸像にこのような雄大な感じが表されるという事は全く不思議である。これはおそらく作者の個性や天才にもとづく事であろう。ニオベの像の肉体は非常にデリケートな感じである。ヴィナスの像で有名なプラクシテレスもきわめてデリケートな女体を作ったと言われる。しかしこの像の作者がねらっているのはそういう繊細な感じではない。剛宕とさえも言えるような成熟した女体の美しさである。」
←カピトリノのヴィナス
←ニオベの娘


シヌエッサのヴィーナス(2) [美術探訪]

■横にすべる表面( 和辻哲郎)
 ナポリの国立美術館の<シヌエッサのヴィナス>は1911年にナポリ近郊で発掘され、帝国時代の作とされているが、…これほど鮮やかに原作としての印象を与えるものがどうしてローマの帝政時代の作だなどと言われるのか、全く理解に苦しまざるを得ない。しかもその美しさは<ミロのヴィナス>の比でなく、今まで発見されたヴィナスの裸像のうちでこれほど優れたものは無いと言ってよいのである。この美術館(ナポリ国立考古博物館)の他の作品全部を持ってきてもこのただ一つの彫刻よりは軽い。

このヴィナスは、首、肩、両腕、胸の半分が欠損したトルソーであるが、しかし残っている下半身だけでもこの彫刻が神品である事を感ぜしめるに十分である。肉体の表面が横にすべっているという感じは寸毫もない。あらゆる点が中から湧き出してわれわれの方に向いている。
……そういういのちの秘密を肉体から引き離した領域に求めるようになると、このような表現を不可能になる。内は隠れたものとなり、外はただ包むものとなる。表面は横にすべってしまう。
●和辻の指摘を敷衍すると、ヘレニズム期の彫刻にすでにこの「横すべり」傾向がないだろうか。ミロとシヌエッサで、まずは下半身の衣褶を比較されたい。


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